心に余裕がない限り、本当に優しい人になんかなれるわけない。

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8年前に日本を襲った東北大震災。

当時、日本中が大混乱になったのは、誰もが覚えてるはず。

その震災が起こってから数日後、あるツイートがすごい勢いで拡散されました。

「辛い状況で優しさを持てる人こそ、本当に優しい人間だ」

うろ覚えだけども、たしかこんなツイートだった。

その時には

「そうか、そうだよなぁ」

と思ったけど、その言葉がずーっと頭に残ってて。

そして8年経った今、

「それは違うんじゃないかなぁ」

って思うようになりました。

 

心に余裕がない限り、本当に優しい人になんかなれるわけない

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このツイートにある

「辛い状況でも優しさを持てる人」

って、僕はなかなかいないと思います。

・・・いや、本当に探せばいるのかもしれない。

けど、それはごく一部の仏みたいな人で。

自分が辛い状況で、人に優しくなんて、できるわけないです。

だって、そんな余裕ないんだもん。無理だよ。

 

一時的な優しさなら持てることができるかもしれない。

けど、こころに余裕のない状況で、人に優しくするなんて到底できない。

 

僕も心に余裕がない時、本当に醜い人間になります。

仕事で疲れてる時、

嫌なことがあった時、、、

そういう時は、どうしても人に優しくするのが難しい。

相方さんにもひどくあたってしまうこともあります。自己嫌悪。

 

・・・けど、「人は疲れてる時に優しくなんてできない」と分かったら、

他の誰かの機嫌が悪い時も、

「あぁ、ちょっと嫌なことがあったんだな」

って置き換えられるようになりました。

自分を許すことで、他人も許せる、みたいな。

 

「自分って器が狭いなぁ」と思うのは、ただ単に心に余裕がないから

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こんな自分でも人に優しくなれる時があります。

それは、心に余裕がある時。

時間に縛られず、心が健康的な時、こんな僕でも人に優しくできます。

 

・・・結局、なにが言いたいかって、

「自分はなんて冷たい人間なんだ」

とか思ってる時は、ただ余裕がない状況だけなんだと思います。

だから、そんな自分を責めないで。

自分を責めているその時点で、冷たい人間なわけがない。

自分を見返られるのは、優しい心を持っている証拠。

 

だから、やっぱり自分を責める必要はないんだと思う。

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